小夏の大冒険

ちよつとした違和感から世界の秘密へ思考は冒険する

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トーキョーシティーヒエラルキー

社員食堂でふと耳にした、20代ぐらいの男2人の会話。

A「柔道初段の人と、剣道初段の人プラス竹刀とでは、どっちが強い?」
B「うーん。わからん」
A「剣道なんだって。やっぱり人間だけより、竹刀持たせれば剣道の方が強いみたいだな」
B「そうなんだ」

かなり昔、目黒区のデッカイ会社に勤務していた(詳細は省くが、そこの社員だったわけではない)時のことだ。
人数も多い所だったし、AもBもあたしの知らない人だった。他部署の誰かとしかわからない。

あたしは心の中で、じゃあ柔道と空手は? とか気になってしまったけど、彼らの会話の中に空手は出てこなかった。
Aは、性格の異なる競技を比較して、どちらが「強い」かランクづけすることに結構な興味を持っているようだった。
Bもそういう話は嫌いではなさそうだった。
だけどAは、自分の投げかけた話が思ったほど手ごたえがなかったと見えて、もっと盛り上げにかかろうと、それに続く話題をBにふってきた。

A「じゃあ、さ、華道と茶道はどっちが強い?」
B「えっ」
──間──
A「華道だよ」
B「?」
A「剣山あるもん」
B「…そうか」
A「茶道は、熱湯(が武器)」
B「(笑)」


どーして男ってのは、こう、何でも比較して順位を決めないと納得しないのだろう。異種格闘技とかさ。
Aもきっと、男なら誰でもこういう話題に興味があると思ったから、同僚としてうまくやっていかなくてはならない存在であるBに、こういう話題をふったのだろう。


ちょっと余談だが、例えばソニーという会社は「スポーツのスポンサーはしない」主義なんだそうだ。
なぜなら、「スポーツには勝ち負けがあるから」
ウチは勝敗で人間の価値まで決めませんよ、負けたからその人を蔑んだりはしませんと。
というとカッコよさそうだが、そうすると誰かを選ぶ場合明確な基準がなくなる。音楽美術他芸術系のコンテストのように。
技能面で複数の人が一定水準に達している場合、中から一人選ぶのはどうしても審査員の好みによる部分が大きくなり、そこに不正も入り込みやすくなるので、良し悪しだ。


話を戻す。
じゃあ、女はそんな優劣決めには興味ないのかというと、これが全然んなこたーないのだ。

 たぶん一方的に彼女をライバル視している。女としてどちらが上か、っていうか、なにがなんでも自分が上じゃなきゃ気がすまないんだけどね、もちろんわたしは。
 仮に勝ったとして、それがなにになるのかは不明だ。でも勝ちたいのだ。この意味のない情熱は、一体どこから来るのだろう。
 わたしは、他人と比べることでしか自分の幸せを実感できない。

(菜摘ひかる『仰げば尊し』より)

仰げば尊し (ヤングチャンピオン・デラックス) 例えばデパートとか公共の場所のトイレの手洗い場で鏡を見るふりをして、偶然隣り合った知らない女をチラ見しながら、猛烈な敵愾心を燃やすのだ。「女として、どちらがイケてるか」
そして心の中で、
「ワタシの方が若い、ワタシの方が胸がデカい、ワタシの方が顔がいい……etc」とか1ケ1ケ確認、納得しては安心するのだ。
多分相手の女の方も。


その気持ち、すごく良くわかる。

え? アタシですか? あたしはこういう場合、かなりの高確率で負けることがわかっているので、初めからそんな勝負は降りてしまいたいクチ。

手ぇだけ洗ってさっさとトイレを出ますわ。鏡なんか見ない、鏡すら見ねーよ。ガハハ。

でも恐らく、例えば「ジュリアナ華やかなりし頃の田町駅のトイレ」なんかでは非常によくある光景だったのでしょうね。



ところで今、これを書くために菜摘ひかるのことを調べていたが、もう10年以上前に亡くなっていることを初めて知ってビックリ。
享年29。死ぬような歳じゃない。
フーゾク嬢兼マンガ家というふれこみで売っていたが、フーゾクはやめて作家として一本立ちしたところまでは知っていた。
女の気持ちがとてもリアルに書けてて、女性の共感を呼んでいたのに。
逆に、フーゾクでは男を喜ばせても、この人の文章は男が読むとむしろイヤな気分になるのではないか。
フツーの女性にこそ読んでほしかったのに。
でもフーゾクネタ以外を求められていなかったのかな。それをやめちゃったら書くものがないと思われたのか。いや、この人ならきっと何か見つけるはずと思ったのだけど。

死因は不明。
そう言えば林由美香も飯島愛も死に方が変だった。あっちの2人には別に共感はあまりないけど。

そしてまた、この本がなぜ『仰げば尊し』というタイトルなのかも不明だ。別に我が師の恩の話は出てこない。
このブログだってなぜ『感謝感激雨霰』なのかというのと同様……まあいいじゃないか。



↓この曲は20世紀の終わり頃からオリジナルは既にあったらしいが、最近、阿佐ヶ谷のリサイクルショップにいた時、ラジオから流れてきて初めて知った。
仕事として関わりたかった音楽にこっぴどく裏切られて以来、もうどんな曲も「ファンとして、消費者として好きになったり嫌いになったりする」という感情をあたしは持てない。
でももし、オリジナルが出た頃リアルタイムで知っていたら、結構こういうのは好きだったかも知れない。






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