小夏の大冒険

ちよつとした違和感から世界の秘密へ思考は冒険する

Entries

永遠のアイドル

何回かに渡って、怖い話をしていく。
怖い話と言っても、別に怪談ではない。あたしが怖いと感じた出来事の話。



その1.

その夏、便所サンダルは流行らなかった。



小学校1~2年の時、うちらの間で一番の人気だったアイドルは当然、天地真理さんだった。
その人気ぶりたるや、もう、クラス全員がファンと言っても過言ではなかった。
今どきの1クラスなんて、少子化でせいぜい30人程度だろうが、あの頃の1クラスはだいたい45人前後いた。その全員、である。今みたく人の嗜好も細分化して(子供達もか?)いなかったし。

初めてテレビでその歌声を聴いた時、「こんなにきれいな声の人がいるのか」と思って、それで好きになった。
大人になった今考えると、ああいうファルセット(=裏声)で歌う人はあまりいなく、珍しかったのかなという気もする。
でも他のみんなもあたしと同じ理由でファンだったかどうかはわからない。
ただテレビで何度も見てるから、という人も多かったかも。

彼女の出る番組は必ず見て、新曲を覚え、歌う日々が続いた。
うちらが低学年(1、2、3年生)の間中、彼女は間違いなくトップアイドルだった。
(あの人の歌を真似し続けていたら、困ったことに大人になっても裏声でしか歌えなくなってしまった。低音部(地声)、中音部(高音の地声)、高音部(裏声)のうち、なんと中音部が出ないという奇怪なことになっている。クラシック以外の歌を裏声で歌うのはいまいち決まらないし、カラオケなんかでは専ら地声だけで通せる男の歌しか歌えない)

しかし3年生のある日、ひとりの外国人女性歌手がデビューした。
みんながよく見る夜の歌番組で初めて歌が披露された。
歌は日本語だったが、彼女の日本語があまりに下手で何を言っているのか、聞き取るのに神経を尖らせる必要があった。
歌そのものは下手ではなかったけど。


翌日、体育の時間、体操をするために広がっていた列を元の間隔の狭い列に直る間のわずかな時間に、あたしの2人前に並んでいた子が、隣りの子にささやきかけた。
「〇〇(外国人歌手の名)って、あんなはっきりしない言葉で、よく歌手になれたね」

あたしは黙ってそれを見てたけど、心の中で全くその通り、と思った。
'70年代の終わりに桑田ケースケが出てきて以降、何言ってるのかわからんボーカルも許容されるようになったけど、当時は言葉がはっきりしないのはプロ歌手としては致命的だった。
ア~こいつはすぐ消えるな、とタカをくくっていた。
ところが……

それから半年も経たないうちに、何がいいんだか、その外国人歌手のファンが徐々に増えてきたんである。
隣りのミヨちゃん(仮名)も、斜め向かいのユカちゃん(やっぱり仮名)も、去年の今頃は「好きな歌手は?」と聞かれたら、真っ先に「天地真理!」と答えていたくせに、その頃にはもう、その外国人歌手の名を挙げるようになった。
しかしあいつらが心変わりしても、全体で見ると──雑誌とかのランキングでもまだまだ真理さんが1位だし、余裕余裕。
──そう思いながら年が明けた3年生の3学期、ついにランキングも外国人歌手が1位を獲得してしまったのだ。

真理さんから人気を奪った外国人歌手が憎かった。
憎かったけど、歌は覚えた。
そこは子供ならではの記憶力で、テレビで何度も聴かされると自然に覚えてしまうので。
だから周囲の友達と話を合わすのに苦労はしなかったけど、心の中ではやっぱり好きなのは真理さんだった。
気づけば真理さんファンはあたしひとりになっていた。

みんなは、真理さんのことはどう思うようになったのか。

「飽きた」とか、「前は好きだったけど」じゃなくて、ハッキリ「大嫌い!」と言うようになったのだ。4年生になる頃には。
まるで初めから嫌いだったかのように。
みんなの手のひら返しぶりが信じられなかった。
怖かった……
人の嗜好や信条はこんなにも簡単に変わるという事実に小4にして直面した、あの日。
どうしてそんなに急に自分の心を変えられるんだ。
まるでアレみたい。アレよアレ、戦争中は「鬼畜米英」「天皇陛下万歳!」だったのが、1945年8月15日を境に突然「民主主義万歳!」「ギブミーチョコレート」に変わった時のように。あれもみんな、心底そう思って言ってたんだよな。。。



どうしてそうなったのか。

恐らくその頃じゃないかと思う。「天地真理はデビュー前、川崎(雄琴の説もあり)のトルコ(現:ソープランド)にいた」という週刊誌記事が出たのは。
あたしはこの件、大人になってから初めて知った。そんな記事があったことを。
だからどうして急に人気が下がったのか不思議で仕方なかった。
その頃なんか、トルコが何であるのか知らんかったし。
みんなは知ってたの…?
でも、それだけが理由?
パパやママに「あの人を好きになっちゃいけません」とでも言われたのか。

小学校高学年の時は、だから「好きな歌手は?」と聞かれるのが一番イヤだった。
この状況で天地真理なんて言えやしない。言ったら総スカンなことは火を見るより明らか。
しつこく聞いてくる奴がまたいるんだこれが。
そういう輩は、とりあえず誰かの名前を挙げとかないと納得しないので、あたしは「自分と同じブサイクな人に共感している」という体の筋書きを設定した。で、答えた。「堺正章と研ナオコ」と(失礼)。


で、その週刊誌記事ですが──

結論から言うと、客観的に考えてデビュー前の真理さんにそんなヒマはない!

高校出てすぐ芸能事務所に所属して、さらに事務所変わって挨拶回りやらレッスンやらレコーディングやら、その間半年そこそこでデビュー、すぐ売れて超忙しい日々。なんでわざわざ滋賀まで行って働く? どうしてそんな記事が出たのだ?

どうしてか。

2つの場合が考えられる。

1つは週刊誌記者が自主的に話を作った場合。

あ゛ーネタが少なくて困ったよー次の号の記事、穴があきそうだよー何かネタないかなーそう言えば昔行ったフーゾクにいた子は真理ちゃんに似てたなーあのあとすぐ真理ちゃんがデビューしたんだったよなーいやあれはきっと本人に違いない、時期的にもちょうど一致するしもう本人だということにしてひと記事書いちゃえ。

てな具合。

それで1本、捏造記事が書けてこそプロの記者なのだ。
プロの技をこんなことに使ってしまうのか。しまうのだ。


ちなみにここでひとつ、同様の例を挙げておく。
2000年代の前半(2001~2004年頃)のとある初夏、某週刊誌にこんな見出しの記事が載った。
「この夏、便所サンダルが流行る」

どういうことかと読んでみると何のことはない、ある日記者が乗った電車で、女子高生2人がおしゃべりしていた。
話の内容は、
「……って、この夏一番の流行まちがいなしだよね」
というもの。
「……」の部分を聞き逃してしまった記者は、すかさず女子高生に話しかけた。
「この夏一番の流行って何?」
知らないおっさんに突然話しかけられた女子高生は恐らく驚いたことだろう。
「ヒミツ」と言って、それ以上記者との込み入った会話は避けようとした。
しかし彼女らは記者にヒントは与えてくれた。それは、①身に着けるものである、②600~700円で買える、んだそうである。
会社に戻って記者はあれこれ考えた。そうして出た結論が、「便所サンダルに違いない」と。
(どういう発想してんだ)
そこから記者は妄想を炸裂させ、「ベンサン」と愛称で呼ぼうとか、若者の日常において便所サンダルが愛用されているシーンのあれこれ等を列挙し、3~4ページ程の記事を書き上げてしまった。
それはそれでアホっぽくおもしろい読み物ではあったが。
(あの頃流行ったもの、と考えるに、女子高生が話題にしていたのは、多分「ヘアキューブ」ではなかったかとあたしは思う。輪ゴムの両端に球が2つついたような形のヘアアクセサリーは以前からあったが、あの頃だけそこが球ではなく立方体のが爆売れした。彼女らは記者を避けようとしたというより、おっさんにそんなものを説明しても仕方ない、わかってもらえないと思ったのでは)


ところで、もう1つの場合とは、誰かが週刊誌にタレ込んで記事を書かせたケース。
誰がタレ込むのか。そりゃ、怨恨があるとか、真理さんの人気が落ちると得をする人とか。
そこであたしが憶測したのは、真理さんの人気凋落で一番得をしたのは、くだんの外国人歌手ではないかと。つまり外国人歌手の取り巻きとか事務所の手先とかが……いやあくまで憶測ですよ。憶測。

実際、今ではこの記事は完全にガセネタであることが判明し、真理さん自身がテレビで「犯人は俳優のK」と言っていたらしい。
俳優? 男? だとすると外国人歌手でもないことになる。しかしそいつはそんなタレコミをして何か得したんだろうか。


外国人歌手は現在日本に住みついている。未だにカタコトで知られるあの人。


ご案内

プロフィール

小夏

Author:小夏
ご訪問ありがとうございます。

最新記事

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR