小夏の大冒険

ちよつとした違和感から世界の秘密へ思考は冒険する

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占い対決

なぜに「寅さん」の舞台は、葛飾柴又なのであるか。



「マイバースデイ」
(実業之日本社 1979年~2006年 月刊)
Wikipedia

という占い雑誌があったことは憶えている人も多いかと思う。

しかしほぼ同じ頃に創刊された「ミュー」という占い雑誌を憶えている人は少ないのでは。

「マイバースデイ」 に対抗すべく創刊されたようで、本の大きさや掲載されている占いの体裁など、よく似ていた。

しかし表紙のデザインは全然違っていた。
「マイバースデイ」 が、まつざきあけみのイラストによるケバいお姫様(なのかあれは)だったのに対して
(表紙のイラストレーターはその後何人か代わった)、
「ミュー」の方はもっと白っぽくさっぱりした感じだった印象がある。


そして「マイバースデイ」 の占いの文章は、あたりがやわらかく丁寧で、悪く言えばあたりさわりがなく誰にでもあてはまりそうだったのに対して、
「ミュー」の占いは悪い時は悪いとハッキリ書いてあって表現もキツかった。



「ミュー」はたとえば、ある時、確かこんな感じの心理テストがあったのを憶えている。


この写真のような、こんな感じの神々しい塔の写真が出ていて、
(あくまで写真はイメージです)
「この塔から誰かが降りてきました。さあ、誰が降りてきたと思いますか」
という問いがあり、そのあとに4~5つの選択肢があった。

その一つに「神様」というのがあった。

とても荘厳で神秘的な雰囲気の写真だったので、あたしはきっとそれだろうと思い、迷わず神様を選択した。

で、「診断」を見てみると……

「誰かが助けてくれるのを待っている人。人に頼りっぱなしで救いようがないですね」

とかいうような、めちゃめちゃキツイお言葉が載っていた。
「だからこれこれこういう点に注意していけば改善されます」みたいなフォローの言葉は一切なかった。
ていうかそんなフォローを載せられるほどのスペースはなかった。

むちゃくちゃ打ちのめされた。立ち直れないほど。

でもどうしても、写真があまりに雰囲気があったので、あたしには神様にしか思えなかった。

選択肢は他には、「塔の修理(工事?)人」とか、「自殺をあきらめた男」というものもあった。
そちらを選んだ人の診断は、結構いいことが書いてあったかと思う。
しかしそういうのを選ばせたかったらもっと現実的で風情のない、そのへんの街中にあるような塔の写真にしてほしかった。


しかし「マイバースデイ」 と「ミュー」、占いとしてどちらが「当たって」いたかというと、
これはもうハッキリと「ミュー」の方だった。

しかし確か「ミュー」の方は数年で──確か80年代前半のうちに──休刊してしまった。
恐らく売れなかったのか。

やっぱりみんな占いには「よく当たる」よりも、「耳ざわりの良い言葉を使ってくれる」を求めているのか。


「マイバースデイ」 の方はターゲットを若い女の子に絞って、彼女達向けの記事を徹底していたのに対して、
「ミュー」はそこまで絞り切れていない感じがした。
だからオジサンが読んでもオバサンが読んでもそれほど違和感がなかった。
掲載されているコラム(というかエッセイ?)も一般週刊誌──「週刊文春」とか「週刊新潮」とか──に載っているのとトーンがあまり違わない感じ。



その「ミュー」に、あるときこんな文章が載っていた。確か「ミュー」だったと思うが、記憶違いだったらすまぬ。
書いたのが誰だったか忘れたが、そこそこ名のあるコラムニストだったかエッセイストだったか。

80年代前半頃は、ちょうど消費者のコメ離れが進み、米が売れなくて農家が困っているというのが社会問題となっていた。
当時アイドルだった世良公則とか田原俊彦を起用して、ごはんの消費促進の広告を打ったりさえしていた程。

しかしその文の筆者の知人は、農家が困っても平気だとのことだった。

その知人は戦争(第二次世界大戦)中に子供時代を過ごし、田舎に疎開していたそうだ。
そこで田舎の子供達から、しこたまいじめられたという。

食べ物のない都会から、食べ物のある田舎へ。

人間、食糧の供給側に立つと、ここまで傲慢になれるものなのか、
ということをその人は身に染みて感じたという。
しかし当の子供達にしてみれば、自分達の立場を有利に利用したに過ぎない。

田舎者の根性の卑しさを思い知ったその人は、
あの子供達が成長して、現在(80年代当時)、「困っている農家」になったのだと思えば、
困っていると訴えたところでザマミロとしか思えない、と。


この場合、田舎だから都会だからというんじゃなくて、
食べ物がある所かない所かというのが問題なのだとは思うんだけど。

逆に言うと、もし食糧が都会にあって田舎になかったら、
今度は都会っ子が傲慢になっていたはず。

田舎の人というと素朴で純粋なイメージがあるけど、
んなこたー全然ない、それは勝手なステレオタイプなんだとその筆者は言っていた。

で、「寅さん」の山田洋次監督は、その、いじめられた人のさらに知人であったそうだ。
監督はそれを聞いて、そうか田舎者の本性はそんなもんか、
じゃー都会の人の人情を描いた映画を作ろう、
と。それで寅さんの『男はつらいよ』を作ったそうな。


なんでこんな話、思い出したかというと、なんかさー、最近、戦争したがってない?
いつ始まっても不思議じゃない空気に危惧を感じる。

それで実際に始まってしまうと、また同じようなことが繰り返されるんじゃないかと。

子供達を中心に、空襲の心配のある都会から、安全な田舎へ。
そうすると田舎者、というか食べ物を作っている人達が威張り出すようになるのか。
それほどに「食べる物が作れるかどうか」ということは、力を握る鍵になるのだと。


じろはったん (ポプラ社文庫 (A172))
森 はな 梶山俊夫
4591019640
←疎開してきた子がいじめられていたことについては、例えばこの本などにも出てくる。
「No Image」になっちゃって画像はナシですが。

子供向けの小説というか、物語。なのですべてが事実ではないだろうけど。
著者のおはな婆さんは、元小学校の先生だったらしい。
主人公のじろはったんというのは、マンハッタンとは関係なく、
本名を次郎八とかいう、はっきりとは書いてないけど知的障害者のようだ。
それゆえ本人は兵隊にとられることはなかったけど、
幼なじみで良き理解者だった新やんの元には赤紙が来て、
戦地へ赴き、そのまま戦死してしまう。

この本に出てくるのは集団疎開の子の様子だけど、
縁故疎開(田舎の親戚を頼って疎開してくる)でも、いじめられるのには違いはない。
むしろ縁故の方が、同じ町から来た仲間がいない分、心細いのでは。

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