小夏の大冒険

ちよつとした違和感から世界の秘密へ思考は冒険する

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実は効果のあったスピリチュアル・グッズ

別に開運したわけではないと思うから、「開運グッズ」とは呼んでやんないけどさ。


それは80年代の終わり頃だったか90年代のごく始まりの頃だったか。
「マイバースデイ」とかのよくある広告に載っていたサブリミナル音楽の…

音楽の…

CDと書きたいところなんだが、何たって当時のこと、カセットテープだったんだよ~ん。
もちろん当時既にCDというシロモノは世に誕生していたけど、スピグッズ界にまでは浸透していなかった。

サブリミナルメッセージの入った音楽で心身共に癒されリラックスでき、明るく元気に過ごせるとかそういうもん。
今はそういうのもめっちゃ種類出てるよね。どれが本当に効果あるんだかもうわからんぐらい。街のCDショップでも買えるのもある。
でもあの頃は種類も少なく、占い雑誌とかの怪しげな通販広告に頼るしかなかった。
まあネット通販なんてのもありませんでしたけど。

申し込む前にちょっとだけためらったのは、効果に疑問を感じたからではなくて、──効果という面ではインチキかそうでないかは「賭け」だと割り切らないと踏み切れんわそんなもん。

実はあたし、環境音楽とかヒーリングミュージックとかがでぇっ嫌いなんである。
いや、正確に言うとでぇっ嫌いだった。何度も聴いているうちに今はもう慣れた。
それに現にひとつのレコード会社がいろいろなジャンルの音楽を扱っている事実があるように、
どんなジャンルの楽曲でも売る側にとっては商品に過ぎないんだとわかると、
ジャンルでもって好き嫌いをあーだこーだ言うのはアホらしくてしゃーない。

でも、当時なぜ嫌いだったかは明確に説明することができる。
聴いても聴いても、楽曲自体が何を主張したいのかがさっぱり見えてこないからだ。
聞き流すことを前提に作られた曲だから。

その頃のあたしは、音楽を「聞き流す」なんてことはしなかった。そんなの音楽に対して失礼だと思っていた。
まずメロディーを覚え、リズムも、できればハーモニーもしっかり覚え、完全に自分の中で消化する。
どんな曲にも、ガチで向かい合おうとしていた。どんな曲も、耳コピできるぐらいになりたかった。

曲の起承転結に沿って、「ウン、ウン……、そうか、……なるほどなるほど」と、いちいちしっかり納得したかった。
しかし環境系の音楽はそれを許さない。意地でもメロディーを人の記憶に残そうとしない。
だから聴いていてイライラするのだ。
坂本龍一の「エナジーフロー」とか「ウラBTTB」とかを初めて聞いた時なんか(この2曲は違う曲なのか? 同じ曲にしか聴こえなかったぞ)、サイコーにイライラした。
「で、お前は音楽として何が言いたいんじゃあ~!」と絶叫したくなった。
(一応逃げを打つと、まあ個人の感想ですから。あの方はひと頃に限ってこっち系の曲を作られてましたね)

そんな聴き方だから、例えばスーパーのBGMとかでもいい曲だと思えばマジ感動してしばらく売り場に立ち尽くしてしまうことも時々ある。
(ヨーカドーならくだんの「HELP」の他に、「L・O・V・E」なんかもよく流れてるよね。西友はここ10年ぐらいはボサノヴァ系だし。ヒーリング系を流す店は知らない。大人しすぎてモノを買う気にならないだろあれじゃ。フュージョン系の店も結構ある。小学生の時(70年代)よく行ってたスーパーでは渡辺貞夫の「カリフォルニア・シャワー」とか「オレンジ・エクスプレス」ばっかりだった。20歳頃(80年代)行ってた店ではスクェア(甲斐智枝美の夫と久保田早紀の夫がいたバンド)ばっかりかけてたし。現住所の近くの店では以前、もう21世紀になってるというのにMALTAの「SHINY LADY」(ごく初期の曲)とか流れていた──あ゛ーもう、こういう脱線ならいくらでもできてしまう)

同じくらい静かな曲でも、例えばクラシックなら別にイライラしない。
メロディーなんかよくわからない、思いっ切り抽象的な現代音楽とかでも、わけわかんなくこそなれ、イライラというのとは違う。
「私はこういう表現をしたい」と楽曲が主張しているのがちゃんと見えるから。

しかしヒーリングミュージックは。
作る人が「まさかこれを聴いてイライラする奴なんかいるわけねーだろ」と思いあがっているのもムカつく。

それはそれとして。

送られてきたテープを聴いてみた。
テープだから、A面とB面(爆!)があるんですねー。
A面にはそっち系の、覚えられない静かな曲があり、B面にはやっぱりそっち系の似たような曲(同じ曲だったかも。だから覚えられないんだってば)と共に、ナレーションが入っていた。

よくあるでしょ、
「あなたは眠~くなる~」とか、「ゆっくりと深呼吸しましょう。大きく息を吸って~~、吐いて~~」とか、
「あなたは今、深い安らぎの中にいます」とか。
そんなセリフを大マジメに言われる。これはこっ恥ずかしい

でもここをクリアしないとリラックスできない、明るくなれないと思うから仕方なくその声に従った。

ところが……

ある言葉のところで、どうしても引っかかる、違和感を感じる箇所があった。

「あなたは今、深い安らぎの中にいます…(中略)…そう…母親に抱かれた時のような、安心感を思い出してみてください」

という内容の所。

え? 母親? あたしの母親? あの母にか?
あんなのに抱かれたってちっとも安らがない。怖いだけなんすけど。


フツーの人はそう言われて安らぐものなの?
え? わかんない、わかんないよ。



そうだったのか……

あたしはずっとずっと、ただただ母が怖かった…

とにかくあの人の機嫌を損ねないように過ごすだけで精いっぱいだった。いつもいつも。

あたしの希望が母の希望と一致している時は問題なかったが、あたしが少しでも母の意見と違うことを口にすると、
母はあたしが最も傷つく言葉であたしをやり込めずにはおれない人だった。
母と暮らすということは、いつかは必ず泣かされることとイコールだった。
大人になっても、どんなに歳を喰っても泣かされた。
今もし顔を合わせても、きっと泣くようなことを言われるに違いない。

そのテープのサブリミナル部分の効果は結局よくわからなかった。
しかしサブリミナルでも何でもない何の変哲もないナレーションのひと言で、あたしはずっと抱いていた母への底知れない恐怖を初めて意識できたのだ…
20代の時だった。

で、どうしたか。

そう言えば……と思い、それからしばらくして、とにかく母に怒られた、泣かされた出来事を洗い出してみようとした。

もう生まれてからそれまでの、とにかく記憶にある限りの「母に傷つけられたエピソード」を、ひとつにつき、このブログの1エントリー程度の長さで、できるだけ沢山書き出してみた。

全部書くのに2か月前後もかかったろうか。3か月はかかんなかったはずだ。
原稿用紙に200枚をゆうに超えた。

できあがったものをコピーし、実家の母に送り付けた。

これこれこういうひどいことをされてきたのだから、やっぱりあんたのことなんか嫌いだという意思表示を、心理学でいう「精神的親殺し」を、その時初めてできた気がする。

通常いじめられた側はそのことを覚えていても、いじめた側は忘れてしまうもんだが、やっぱり母もほとんどマジで忘れ、てか都合の悪いことは忘れたと言い張る人だからあれ。
そして、育ててやったのに嫌われていることを今も信じられない思いを持ち続けている様子。

怨憎会苦。
そんな言葉が思い浮かぶ。
あの人が生きてるうちは、本当の意味であたしが安心感を得ることはない。


こんなあたしでもねえ。
少なくともそのテープを聴くまでは、「今は東京で働いているけど、数年以内にはイナカへ帰って、実家で親と暮らすんだろうな」と漠然と思っていた。それしか自分の生きる道はないとも思っていた。

別に宝くじが当たったとか、出世したとか、急に社交的になって友達がいっぱいできたとかそういうことはなかったし、
「これ以上聴いてても開運しなさそうだな。まあインチキという程ではないけど魔法はあるわけないか。何事も経験だしまーいっか」
と思い、テープは捨ててしまった。

でもあれからン十年経った今考えてみると、やっぱりあれは本物だったのかも。


こんなことは毒親でも何でもない親に育てられた人に言っても絶対わかってもらえないだろう。
実感として感じてもらうことは不可能だけど、なんとかイメージできそうなものがないかとあれこれ思い巡らしていたら、
そう言えばわかりやすい例があった。
次回はその話をするね。


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