小夏の大冒険

ちよつとした違和感から世界の秘密へ思考は冒険する

Entries

矛盾した要求

熊本も復興しなきゃならないし、仕切り直したはずのエンブレムもグダグダだし、もうオリンピックやめよーよー。



矛盾した要求をつきつけられると、誰だって困る。
あ、今「誰だって」と書いたが、困るのは人間ばかりではない。
加藤諦三先生のお言葉を借りると、「杖を上げて犬を呼ぶ」というやつだ。

犬としては飼い主が呼んでいるから行かなくてはと思う。
でも、行ったら杖で殴られることがわかっている。
行くべきか、行かざるべきか。
心はデッドロックし、行動できずに固まってしまう。
(愛犬家としても知られるタイゾー先生であるが、シベリアンハスキーはお元気だろうか)


或いはNHKの少年ドラマシリーズでやってた、『ぼくがぼくであること』。
少年ドラマシリーズというとSFのイメージが強いけど、そうじゃないのもあったんだよー。
主人公の秀一が考え込んでしまう。
学校で「正しいと思うことは勇気を持って実行しよう」と教わった。しかし実行すると親の言いつけに逆らうことになるから、
やっぱり学校で教わった「親の言うことを聞きましょう」と食い違うことになる。
どうすりゃいいんだ?
(しかしこの話は現実にはありえん話だ。夏休み中だけ家出して帰宅するなんて。もし現実にこういうことがあったら、先日の女子中学生誘拐監禁事件みたく、かくまったジイさんが逮捕されるはず)

このドラマ、確か後半の方の回はほとんど見れなかった。親父にチャンネル権を取られたから。ビデオなんかない時代だったし。
当のNHKにも、今はフィルムが残っていないらしい。
秀一よりも夏代ちゃんの方がデカかったのが印象に残っている。
小学校5、6年生の時期だけ男子より女子の方が平均身長が高いという観点からすると、この設定は正しい。



現在は政界にも進出している某宗教団体の、立ち上げ時期の頃に携わったという或る人にお会いする機会があった。
現在はその人は教団を離れ、宗教とは関係なく自己啓発というかスピリチュアル系のセミナーを主宰している。
非常にざっくりと端折って言うと、協力して教団を立ち上げ、信者も増え始めたけど、そのうち教祖よりもその人の方が人望を集め出したので、教祖が妬んで追い出したというあたりが、当たらずとも遠からずな感じ?
(スピ系のセミナーに詳しい人は、このエピソードだけで誰のことかわかるかも)

それだけあってとても人間的には素晴らしい人ではあったのだが、
さてその教えの内容を見ると「あれ?」と思わざるを得ない部分が多かった。

(以下、最初に書いた例えがわかりにくいので4月25日に修正)
人に会いたくないと感じることも、予定が埋まってないと不安で人に会ってばかりなのも、どちらもダメという。
だから、私のセミナーに来る必要がある、と。

そんなん、必ずどっちかに当てはまってしまうんじゃないか?
そうやって客(宗教ではなく事業としてやってるわけだから、客と言っていいだろう)を集めているようだった。
人に会っても会わなくても責められる、少なくともあたしは、この教えでは救われないと思った。
矛盾した要求をつきつけられているから。



ぼくがぼくであること (岩波少年文庫 86)
山中 恒 下田 昌克
4001140861

ご案内

プロフィール

小夏

Author:小夏
ご訪問ありがとうございます。

最新記事

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR